JAZZ爺MENイントロダクション

 埼玉県本庄市は県内で最も早くフィルムコミッションが設立され、多くの映画・テレビドラマの撮影が行なわれている。近隣地域では『あついぞ!熊谷』とか『傘』という地元映画が作られていたが、本庄が舞台として設定された話は戦後間もなく作られた映画『暴力の街』しかない。
一方、上越新幹線本庄早稲田駅に隣接する早稲田リサーチパークには早稲田大学大学院国際情報通信研究科があり、本庄国際リサーチパーク研究推進機構と組んで何本かの中篇映画が制作されていた。宮武由衣監督の『精霊のモリ』もその1本である。
 また一方、本庄地域にはシネコンを併設したショッピングモールがオープンし、映画を作る才能・技術とバックアップする体勢と上映する映画館が揃うという、地域映画を制作するには例を見ない絶好の条件が整った。そしてこの「産・学・官」が連携して、地元の活性化につながるような映画を作ろうという計画が2年前に持ち上がり、賛同したショッピングモールのウニクスが資金の一部提供を申し出た。

 しかし、2本の企画が挫折したため、急遽、実績のある宮武由衣に白羽の矢が立った。宮武が題材探しに苦労していたところ、ウニクス上里で定例ジャズコンサートを開いている野津先生を紹介され、数時間お話を伺って『神泉中学★音楽部』というシナリオを3日間で書いた。これも感動的なストーリーで、ぜひ出演したいという有名俳優も現れたが、学校は夏休み中に撮影しなければならず、「この製作予算と準備期間では絶対に無理だ」「素晴しいシナリオをメチャクチャにしたくない」と言うスタッフの意見を聞き入れてこれを先送りとし、エピソード2にあたるこの『JAZZ爺MEN』を2日間徹夜で書いてスポンサーへのプレゼンに間に合わることができた。
 通常、音楽映画はプレイバックと呼ばれる手間のかかる撮影方法や音楽著作権の支払いのため、2倍の製作費がかかると言われている。そこで、音楽を演奏するシーンを極力減らし、会話劇による登場人物のぶつかり合いを重点的に描き、1日のリハーサル、7日間で撮りきる計画を立てた。スタッフは「宮武監督ならタダでも協力したい」と言う人や髙間カメラマンの「強圧的お願い」により、通常の低予算映画の5分の1のギャラで集められたが、今では「参加できて良かった」と回想する者が多い。